サーフボードのCL(Cubic Liter:容積)
最近巷ではCL(Cubic Litter)という、ある人にとって摩訶不思議な新しい用語が誕生してきました。このCLというのはなんなんだろう?今日はその皆様の疑問に答えます。
CADプログラムとCL=Cubic Litter |
サーフボードの容積は以前は正確にはわかりませんでした。シェイパーはサーフボードの全体のサイズや手の感覚で、そのサーフボードの容積を推測するに過ぎません。
ただ、ここ4〜5年(2012年現在)で様相は激変しました。サーフボードをデザインするのに、CAD(Computer Assisted Design)ソフトウエアーが使われ始めると、サーフボードの容積をそのプログラムではじき出すことが出来るようになったのです。
CADプログラムはこんな感じの画面となります。
その昔サーフボードシェイパーの悩みの種は、いいボードを削ってもそれをなかなか同じように削れないということだった。シェイパーは自分・ライダー・お客さんのフィードバックから、マジックボードとなるテンプレート・シェイプの形を持っている。そのシェイプの形を再現しようとすると、シェイパーの体調や、工具の具合、そしてその他の様々な要素に影響を受け、同じボードを削っているつもりでも、なかなか難しかった。
同じボードを削ったつもりでも、乗ったライダーや一般のライダーから
全く最初のボードと乗り味や性能が違う・・・
とクレームを受けることが多かったという。そして、サーフボードの性能で大切なのは最後のフィニッシュの微調整であるのに、最終段階の微調整の前に行うフォームの殻をむく作業でシェイパー自体が疲れてしまい、
シェイプに時間がかかる
↓
ライダーとのコミュニケーションの時間が限られてくる
↓
シェイパー自身が海で過ごす時間が限られる
↓
ボードをリファインする時間も限られてしまい
↓
更にいいボードを考える時間も無くなる
という弊害も生み出していった。その問題を解消してくれたのが
CADプログラム+プレシェイプマシーン
だった。
これは欧米の考え方なのだが、人が行っても機械が行っても同じような作業は、機械に行わせて、一番大切な場所をハンドにて仕上げるのがより良い製品を作るために必須であり、かつ効率的という考えかたで導入されていった。
日本ではサーフボードは手で削り、フィーリングでやる感が強いが 世界のトップクラスシェイパーはほぼすべてと言ってよいほどこのCADプログラムを使ってサーフボードをデザインする。CADプログラムの優れている点は
・サーフボードを手のみのフィーリングだけでなく、知識・フィードバックの集合体として理論的なプロダクトとしてデザイン出来る
・マシンでプレシェイプした後は、手で仕上げるためにハンドシェイプの良さである微調整も可能である
・どんなデザインが、どんな影響をサーフボードに与えるかを理論として捕らえるが出来る
・誤差・狂いの無い思い通りのシェイプが再現できる
・機械が行っても、人が行っても変わらない機械的な作業を省くことによって生まれる時間を、サーフボードのリファイン・海でのテスト・ライダーとのコミュニケーションの時間に当てられる
今や何百分の1の誤差しか生まない優れたCAD+プレカットマシーンにより、シェイパーが編み出したベストハンドシェイプを、そのプログラムによって再生出来るようになっている。
そんなプログラムではサーフボードの容積も調べることが可能だ。下の写真を見ていただきたい。
ボードのサイズをCADソフトに入れるだけで、ボードの容積やそれぞれノーズから3インチ刻みでの幅も出すことが可能なのだ。
*CADでプログラムしたデザインを、カットマシーンにて削る
*カットマシーンで削った後のブランク
*最後はシェイパーによるファイナルチューン
CAD+カットマシーンで作り上げたブランクは、最後はシェイパーのマジックハンドで微調整を加える。
微妙なロッカーカーブの調整
エッジの立て具合
フィンの位置
コンケーブの微調整
などなど・・・その調整が、各ライダーの好み・波質などを加味しながら行われるために、テストされたグットデザイン+シェイパーの熟練の技の組み合わせがこのCADプログラムで可能となった。とにかく、CADを使うようになってから、そのボードのデザインを再現する力が飛躍的に高まったのである。
そうなると、テストされたデザインをコピーしてサーフボードを作ってしまえという輩が現れるのは想像に難しくない。ただし、このシェイププログラムを使いサーフボードをスキャンしても、全く同じなボードにならないことが多くある。
まず、カリフォルニアの真面目なファクトリーではスキャンが公然と行われることは無い。欧米では、シェイプデザインをスキャンしてしまうことは、知的財産権に関わる重大事項である。他のシェイプボードを触ったり計測したりして調べることはあるとしても、スキャンマシーンにかけてしまうという荒業はほぼ無い(あることが分かれば業界からハブにされる)。筆者はカリフォルニアのサーフボード業界関係者に、
サーフボードを3Dスキャンしたらどうなるの?
と聞いたことがある。そしたら
スキャンすること自体が違法的であり、それがマーケットで分かればシェイパー界では生きてはいけない
という話だった。
また、繰り返しのトピックになるが、いくら赤外線や3Dスキャンをしてもオリジナルなボードはほぼ再現出来ない。オリジナルのデザインを作ったシェイパーの命が入っているおのおののデザインは、それぞれのシェイパーが持つデザイン理論を色濃く反映していて、結局は手で最終の微調整を加える必要があるために、同じものにならない。
そう、悪魔は細部に宿っているのだ・・・最後の最後の砦・・・細部の調整がすべてを決定する。
CL=サーファーレベル別のCubic Litterの参考値 |
話をCLに戻そう。CLは全体の容積であるが、だいたいプロサーファーで体重のの34%〜36%くらいが適正なボリューム。例えばスーパーフィット(鍛えこまれている)プロサーファーで65kgだと、CLすなわち容積は22.75リッター前後となる。
65kgの中〜上級者はプロレベルもリッター数を増やし、36〜38%。一般の週末サーファーは38〜42%くらい。初級〜中級や、波が小さい場合、そして重たいウエットスーツを着ていたり、その他シビアなコンデションでは40〜50%くらいで良いのだ。
浮力を上下させる条件は上の項目の他には
・暖かい海・いい波で乗る場合には、上のお勧めの下の%のほうでの浮力
・波が良くない場合や、込んでいる場所、そして先ほども出たが、重いウエットスーツやシビアなコンデションの場合はお勧めの%の上の%での浮力
を推奨する。
:Reference Rusty Surfboards
上にチャートを掲載しておいた。そのチャートを元に自分のベストに近いCLを見つけてみよう。このチャートによれば、上級者より中〜上級になると+5%、中級は25%、初級〜中級は50%、初級者は100%のボリュームのパンプアップすることを求めている。
なるほど、中級を自負する筆者は68kgくらだが、28〜30くらいのCLのボードがパドルも楽で、それなりに自身を持って波を取ることが出来る。アクションもキレキレでは無いが、それなりに出来る浮力である。
これには体重だけではなく、体力と年齢も考える事が必要で、概して
体力があればCLを下げて
体力が落ちていればCLを上げて
という計算も必要となる。
CTツアー選手の例を出してみよう。TAJ Burrowは150パウンド(68kg)くらいで、ボードの容積は23.5リッターくらい。世界トップで68kgのサーファーは 23.5リッターくらいで、ある程度乗れるアベレージサーファーは、同じようなモデルでは15〜25%くらいパンプアップすれば良いだろう。
筆者は、
浮力は友達
と考える。World Masters(世界選手権)で2つの銀・1つの金を取ったJavierさんのコンペボードはなんとなんとの28〜29リッターくらい。彼は78kg くらいのサーファーですから、世界レベルのアマチュアでも40%強のボリュームで良いのであろう。
筆者(67kgくらい)はCL26くらいのボードも数本持っているが、これはこれで楽しめる。ただ、この浮力だと波に乗れないことは無いが、混雑の中ではパドルバトル(波取り合戦)で疲れてしまう。だから空いている波で自分の思うように波取りが出来る場所以外は、その容積は使わないようにしている。
そう考えると、筆者は中級と中〜上級者の中間なのだろう。
このあたりは、個人のフィーリングや楽しみ方にも大きく関係するので、容積だけでサーフボードを考えることは危険だ。サーフボードにはおのおののデザインがあり、得意な波・得意ではない波も存在する。容積は重要な要素ではあるが、全てでは無いと肝に銘じたい。
浮力のあるボードの利点と欠点 |
最近超浮力ボード!なるフレーズが巷を圧巻しています。弊社も例外ではなく、超浮力ボードをプロデゥースしています(Matrix ReloadedやMongo Fish)。では、浮力ボードの利点と欠点は?こちらはUSのSurfing Magazineの2012年June版を参考に書いてみました。
ボリュームのあるボードの利点
・ソフト・弱い波で多くの波をキャッチできる
・パドル・テイクオフが、そういった波で概して楽
・フラットなセクションを走る
ボリュームのあるボードの欠点は
・波が良くなる(大きくなったり、波のパワーが上がる)とボードのコントロールが難しくなる
・波が大きかったり、パンチーだったりするとレイトテイクオフが難しくなる
・波が大きかったり、パンチーだったりするとレールを入れるのが難しいくなる
ボリュームの少ないボードの利点
・パワーのある波でボードコントロールが容易
・レールを入れるのが簡単
・繊細な動きが可能
ボリュームの少ないボードの欠点は
・パドルが辛い
・波のパワーが無いと、ボードが沈んでしまい失速する
などなどとなります。 皆さんも、利点と欠点を考えながら自分に適したボードを選んでみましょう。
CL値についての更なる考察 |
CL値はサーフボード選択に革命を起こした数値です。以前は感覚のみに頼っていたサーフボードの浮力を、CADソフトによって数値化して管理できるようになりました。
サーフボードの浮力は
”サーフボード本体の容積×サーフボードの重量”
によって決定されるので、正確な浮力の計算にはサーフボードの容積の計測が不可欠だったのです。重量は容易に計測できますが、容積は従来の方法だとかなり難しいのです。
例えば以前はサーフボードの容積を調べるためにこんなことをしていました。
”サーフボード本体を長方形の箱にぎりぎりまで水を入れ、箱の中に沈めて実際にあふれた水の体積を計測する”
もちろんこの方法でサーフボードのCL値を測ることはできますが、1本1本すべてをやるのは現実的ではありません。ですので、多くのシェイパーは感覚に頼ったサイズを出していました。
当然乗り手であるサーファーも、客観的なデーターは数値(長さ・幅・厚み)のみです。良くてノーズとテールから1フィート(30.4p)の数値のみです。実際のところは、近ケーブの深さやレールシェイプ・全体のフォイル(厚みのバランス)なども浮力に関係しますが、そういった大切なところはCADが登場するまでは感覚任せでした。当然サーファーとシェイパーの情報格差も大きく、素人がサーフボードデザインを議論することすらタブー視されるケースすらあったと聞きます。
その後コンピューター上でサーフボードをデザインできるCADソフトウエアーが開発されると、状況は一気に変わります。
ある世界的なシェイパーはこのCADソフトウエアーの登場を
”サイモンアンダーソンによって開発されたスラスター以来の革新”
とも言います。
CADについての詳しい議論はこちらのページ項目を参考していただくとして、CADソフトはマシンプレシェイプと分けて考える必要があります。
その理由は以下です
@マシンでのプレシェイプは、サーフボードを3Dスキャンしてそのスキャンのデーターを数値化したものである。数値化したデーターは、データーの数であるだけで、サーフボードを画面上でデザイン加工するものでは無い。
A一般の方へはプレシェイプマシーンとCADソフトウエアーがセットになってると考えられているがそうではない。今やCADソフトとプレシェイプマシーンの同時開発が進められたりするが、当初はプレシェイプマシーンと3Dスキャン機能のみを備えたマシーンのみだった。
Bつまり、マシーンでサーフボードをカットする機能はあっても、カットする前のボードをデザインする機能を持ったCADソフトのほうが後から開発された。
人間の機能で例えれば、プレシェイプマシーンという体の部分とCADソフトウエアーという脳の部位があるのでです。その過程で最初に体(ハード)が作られ、その後に脳(ソフト)が発達したと考えていただければ分かりやすくなります。
もちろんCAD登場の前でも、CL値は計測出来ました。ただし、CL値が分かってもサーフボードの詳細はやはり感覚に頼ることになります。
CADが登場するまでは数値化と可視化が難しかったことも事実なのは上の記述を考えれば明らかです。スキャンデーター葉あくまでも数字です。数の羅列を見ていても、サーフボードのデザインには直結は難しいからです。
優れたCADソフトがあれば、状況は違います。いわば、人間が認知・加工しやすいように作られたOSソフトのような存在なのです。そしてCADソフトの最大の利点は、データーを集積・分析して、それを感覚や感情などの主観的なものでは無く、できるだけ客観的なデーターとして生成が可能なことなのです。
CADソフトを使えば、ロッカーやコンケーブ・フィンの位置や数千・いや無限大のデザインアスペクトを数値化して、それを実験することができます。
実験とは、実際にサーフボードのライダーにテストをしてもらい、そこから実際のフィードバックを得ることです。例えば、まったく同じサーフボードでロッカーの数値を若干変えたデザインと、そうでないデザインを同じコンデションで使ってもらいその変化がどういった影響をボードに与えるかを調べてデーター化できます。
これは単なるスキャンによるコピーをする作業(つまりCADソフトウエアーが誕生する前のマシンシェイプのみの作業)とは、まったく別次元かつ高度な作業です。というのは、コピースキャンのみだとボードはコピーできても、サーフボードの何処の機能が、どういった性能を生み出すかはわかりません。ですが、デザインソフトを使い実際にデザインしたサーフボードからのフィードバックを得て、更にそれを次に生かすという作業は、あるデザインがどんな効用をもたらすかのヒントをデザイナーに与えてくれます。
コピーという機械的な作業と、デザインという知的な作業の圧倒的な差異です。コピーは機械でも出来ます。ですが、デザインは現時点では機械では難しい作業となります。CADソフトの出現は、シェイパーのシェイプ能力を更に上げてくれる側面も持つのも、上の記述からも容易にわかるでしょう。CADが生成する客観的なデーターは、シェイパーの知識として過去の感覚や、紙のみのデーターの記載とは比較にならないほど多くそして正確です。そのデーターを使い、より高いレベルのシェイプを生み出していく作業を可能にしたのは、CADソフトによる貢献に他ならないのです。
これはレトロなシェイプには当てはまらないかもしれません。というのは、良し悪しは別としてレトロシェイプは、過去にすでに完成されたものであり、進歩をさせるものでは無いからです。ただし、常に進歩・革新を求めるパフォーマンスボードの世界では、CADソフトによる解析・蓄積・分析は不可欠なものとなります。何故ならば、R&D(研究開発)こそが、新しくより良いものを生み出す原動力だからです。
実はCL値という数値は指針にはなりますが、万能ではありません。何故??の問は以上の解説を考えるとわかります。CL値は数値化したデーターであって、デザイン上の重要な要素(いわばサーフボードのデザインの詳細)を抜きにしているものなのです。
サーフボードにはフィッシュから、一般サーファー用のボード、そしてプロが使うF1カーのような研ぎ澄まされたサーフボードまで様々です。それらのサーフボードであっても、乗り手の体格が違えば数値上は同じCLのサーフボードが登場する可能性があります。ですが、デザインや性能はまったく別というのも容易に想像出来るでしょう。だから、サーフボードをCL値だけでは考えることは実は危険なことです。サーフボードはCL値とデザインの両方から考えるべきなのです。
以上のようなCL値に対する考え方は、ロングやファンボードなどよりもショートボードのほうが重視されます。例えばロングボードのCL値はいくらいくらと細かく要求されることはありませんが、ショートボードではCL値の考え方がサーフボード選びにかなりのウエイトも占めることがあります。これには理由があります。
@ロングよりもショートのほうがボードの容積が小さいため。例えば体重60sのサーファーが70Lあるロングボードを使うと、体重比のボード容積%は117%くらいです。これに対して同じ体重のサーファーが26Lのショートボードを使うと、体重比のボード容積%は43%となります。
これをもとにCL値の差が、乗り手に与えるインパクトはショートのほうがロングより2倍以上(というより3倍弱)となります。ほんの少しのCLでも、サーフボードのフィーリングに大きな影響を与えます。ロングボードやレトロフィッシュ、ファンボードよりもショートボードのほうが影響が大きなために、ショートボーダーはこのCL値に敏感にならざるを得ませんし、当然興味が出ます。CL値というのはショートボーダーの要求から生まれた概念といっても良いのです。
もっと掘り下げて考えると、ショートボーダーの中でもほんの少しの差、ミリ単位の差でも気が付くと言われている世界トップクラスのハイパフォーマンスサーファーの要求からの発祥したと言えるかもしれません。彼らは、本当に軽微な差のシェイプのぶれもわかると言います。そんな彼らにとって、すべてがシェイパーの手任せではなく、CL値も含めたボードデザインを客観的に考察出来るCADと、ブレが手でのシェイプオンリーより少ないマシンプレシェイプはまさに最大のツールでもあったのです。プロが欲しているのは、上下の激しい(つまりボードの調子の良し悪しの差が大きい)ボードではありません。一度ダイヤル済みのボードと同じフィーリングが味わえる均一のボードが欲しいのです。その均一なフィ-リングを出すために、今やマシーンとコンピューターの手助けが必要とうのは自明の理論でしょう。